投資で資産億を目指すトレーダー日記

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僕の宗教論。仏教と、マルチとアイドルと学校教育と…

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今週のお題「私の沼」

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はてなブログ今週のお題とやらに便乗してみようと思う。

今回のテーマは『私の沼』。

盆栽とか生け花みたいに、「自分の家の庭にはこんな沼があるよ~」って、ちょっとお金持ちの人の変わった趣味かな?と思ったが、意図する趣旨は全く違ったようだ。

 

いけないと分かっていても続けてしまうコト、辞めたいと思ってもやめられないコト。そんな事を紹介しろと。少し考えてみたら、あるわあるわ。僕がハマった沼。

 

しかも、1つじゃない。今思いつくだけで4つある。四色沼。

 

てなわけで、過去の体験を赤裸々に語らせていただく。

 

大学4年でマルチにハマった話

「マルチ」って聞いたことがあるだろうか。マルチレベルマーケティングMLMと呼ばれることもある。いわゆる、そういう系のアレである。

 

いきなりヘビー級の沼で申し訳ない。ちなみに、勧誘する記事じゃないので安心して読み進めてほしい。

 

なぜハマったか

大学4年生の当時、僕は完全に迷走していた。

自分がどういう人生を歩みたいのか分からなかった。

というのも、就職活動に関してとっても悩んでいたからだ。

 

僕は教育学部だったのだが、先生になりたくなかった。

だからといって、サラリーマンとして働きたい!とも思えなかった。

「~~がしたい!」と胸を張って言えるような人生の目標など無く、「~したくない」と消極的な考えしかできない自分に情けなささえ感じていた。

 

そんなとき、

当時アルバイトをしていた携帯販売のバイト先の先輩に「ネット転売ビジネスに興味はあるか」と聞かれた。なんでも「無在庫、ノーリスクの転売で月10万くらい楽々稼げる」と。

 

僕は二つ返事で呼び出しに応じた。ファミレスでその概要を聞いた。

どうやら、『ネットビジネスを学べる学校』というものがあるらしく、それの勧誘だった。ネット上での無在庫転売、アフィリエイトなどを学んで、個人で稼ぐ力を身に着けよう!というものだった。

 

そして、その学校自体を友人や知り合いに紹介すれば、紹介料と、月々の権利収入がもらえることも聞いた。

「これなら就職しなくても大丈夫だ!!!なんて素敵なものがあるんだ!!!権利収入万歳!!!!」と最高のテンションで入会した。入会金64,800円。月謝16,200円。

 

先輩からは「キミなら絶対上手くいく!頑張ろう!!」と言われ、もう有頂天だった。

 

マルチによる一時的な快楽

そこからしばらくは、人生が最高に楽しく感じた。

「個人で稼げれば最強!権利収入は最高!就職活動してるやつはアホ!!」

周りと違うことをしている自分はスゴいという勘違いだけで突っ走っていた。

 

先輩の取り計らいで、Kさんというアフィリエイトのプロで、現在は何もせずに月50万稼いでる人が地元に遊びに来て、会わせてくれた。詳しくは書かないが、Kさんとはマルチ特有のバイナリ―という仕組みで繋がっていて、僕の数十段上のアップだった。お師匠さんのようなもんだ。Kさんは、僕の地元でグループを大きくしたいと言った。その可能性に僕は目を輝かせた。

 

セミナーにも参加した。地方から東京で行われるセミナーに参加したので、交通費もバカにならない。でも、「新幹線で東京のセミナーに行く俺かっけぇww」って最高の気分だった。大してカッコよくもない自撮りの写真をFacebookとかに上げちゃったりもした。

 

高い参加費を払って合宿にも参加した。1泊2日30,000円。

600人ほどが参加したその合宿では、Kさんから「キミはうちのグループのルーキーだから、初心表明してこい!」って指令を受けて、みんなの前で「頑張ります!!」って宣言したりした。目立つことが好きな僕にとって、最高の経験だった。

 

入会から数か月が経ったこの時点で、まだ1円も稼げていないという事実は見て見ぬふりをしている。

 

我に返った瞬間:セミナーの主催と大失敗

結局、大学在学中は1円も稼ぐことができず、滑り込みで合格した大学院に進学することになった。(もちろん親にはマルチのことは話していない)

大学院に入ってからも思うように結果が出ず、月謝だけが取られていった。大学時代に貯めた貯金は底を尽きようとしていた。やる気はあるけど、お金をなんとかしないとあと数か月で辞めなければならなくなる…

 

どうにか元を取らなければいけない…と半ばヤケになっていた私は、Kさんにあるお願いをした。「地元でセミナーを開きたいです。お願いします!!」

 

ついに、地元でセミナーを開き、一気にグループ拡大することを画策したのだった。

もともと地元でのグループ拡大に乗り気だったKさんは、条件付きで了承してくれた。

「最低でも50人集めたら、やってあげるよ」

 

その日から、死に物狂いで電話をかけた。1日10人ずつくらい、連絡をとった。

当然、怪しまれた。断られまくった。しんどかった。

 

 

ここで一つ、言い訳をさせてもらいたいのだが、

僕は友人をただ金づるとして見ていたわけではない。確かにお金は欲しかったが、それ以上に【就職して、誰かにこき使われて働いて、死ぬ】以外の人生の選択肢もあるんだよ!!ということを伝えたい方が大きかった。少なくても、僕はこの考え方で現在救われているんだと。

 

 

かなりの人に断られたが、僕を信用して30人は集まってくれた。50人は集まらなかったが、Kさんもセミナーを開催してくれた。

 

ところが実際にセミナーをしてみるとどうだろう、セミナーに参加した30人のうち、20人は終了後すぐに帰った。10人は残っていたが、すごく怒っていた。結局、僕が紹介する人生の選択肢を選択する人は1人もいなかった。

 

Kさんは「最初はこんなものだよ!来月もまた来るから!頑張ろう!」って言ってくれた。

しかし、次の月のセミナーは、Kさん曰く「他の地域でセミナーをやらなきゃだから行けない!ごめん!」と断られた。その日以来、Kさんとの連絡も疎遠になった。二度と僕の地元には来なかった。

 

きっと、見切りをつけられたのだと思う。その時点で、僕は我に返った。

 

僕は、簡単に稼げるはずのビジネスでも、稼げない。

僕に個人で稼ぎを得る力は無い。考えが甘すぎた。

 

お金も完全に無くなったので、そっと退会した。

 

マルチで学んだことは『自分には信念がない。人生の軸が無い。それゆえに自分に甘い方向に流されやすい傾向にあること。』だ。

これを学べただけでもマルチに未練はない。お金ができても、もう挑戦はしない。

 

マルチで失ったもの

マルチで、僕が失ったものは多い。

金、友人、自信、希望

 

何より、迷走していた自分の人生にようやく見つけた道筋を、再び失ったことが辛かった。

しかも、途中まで突っ走ってきて突然行き止まりなもんだから、もう完全な迷子だ。

「働きたくない。でも個人じゃ稼げない。働くしかない。いやでも…」そんな思考のループに巻き込まれている。これは現在進行形である。

 

友人を失うことは、地元でのセミナーを開くことを決めた時点でなんとなく覚悟していた。なるほど、友人とは本当に簡単にいなくなるものだ。もう2度と会うことはないんだろうな。

 

大学1年で某アイドルグループにめっちゃ貢いだ話

1つ目のテーマが重すぎた…もう2800字を越えている。ここからはもうちょっと簡略化してお話ししよう。。

 

時系列的にはマルチよりも前のお話だ。大学1年生のとき、僕は某アイドルにめっちゃハマった。

なぜ貢いだか

大学1年生の時、僕には彼女がいた。高校の卒業式の3日後に付き合い始めたというなんともタイミングの悪い恋だった。

彼女は東京の大学。僕は地元の大学だった。付き合い始めて2週間で遠距離になった。それでも僕はすごく好きで、毎月東京に会いに行った。

まぁ結果は簡単に予想できると思うのだが、長くは続かなかった。半年経たないくらいでフラれた。

 

どうしようもない喪失感に襲われた。大学に入ってから半年間、彼女のことばかり考えていたので、友達も少なかった。会いに行くための資金を稼ごうとバイトを始めたので、サークルも入っていなかった。完全な大学デビュー失敗勢だ。大学を辞めたいとも思った。それどころか…人生すら。

 

そんな僕は、某アイドルグループにどっぷりハマった。そのグループは突然好きになったわけではなく、高校2年の頃から新作のCDは1枚買うくらいのファンだった。そのファン度が失恋をきっかけに急上昇した。

 

とにかく毎日YouTubeでPVを見まくった。新しく出たCDは全Type揃えた。握手会への参加券付きの特別版CDは20枚以上買った。イベント参加への遠征費も惜しみない。

 

とにかく可愛かった。心が満たされた。アイドルは裏切らない、素晴らしい。とか心の中で思ってた

 

アルバイトで稼いだお金は数十秒のアイドルとの握手に消えていった。

 

我に返った瞬間:バレーサークルの入会と新しい彼女

そんなアイドルへの熱意が冷めた瞬間は、新しい彼女ができたことだった。

 

大学2年生の夏頃になると、アイドルに貢ぎまくる私を見るに見かねた友人の誘いで、バレーボールのサークルに入った。バレーボールなんてしたこと無かった。けど、家でYouTubeばかり見る大学生活よりは…と思って入会した。

 

バレーボールをやってみたら、案外楽しい。すぐにのめり込んだ。半年もしないうちに、そこそこプレーできるようになった。友達もできた。

一時は引きこもりアイドルファンになりかけていた僕に、奇跡的に彼女もできた。

僕を誘ってくれた友人には頭があがらない。ファインプレーだ、ナイスキャッチだ。

 

サークルへの入会を期に、CDの爆買いや遠征は少なくなった。

彼女ができて、アイドルの応援活動は新作CDを1枚買うだけの、にわかファン状態に戻った。

自分がアイドルにハマっていた原因は、単純な寂しさだったことが分かった。

僕は人一倍、寂しがり屋らしい。それに気づいた。

それを満たすために、アイドルでなんとか誤魔化していたようだ。

 

未だに抜け出せない【学校教育の沼】

これは大学の4年間と大学院で教育について学んできた僕が考える教育観である。

 

僕は、多くの人は学校教育に洗脳されていると感じている。

ハマっている。抜け出せない沼のように。

人と比べるために勉強するの?

学校教育における評価は、実はいい加減なものだ。

人と比べるための客観的な評価をつけるために、テストの点数主義がまかり通っている。偏差値をつけて、自分の点数の順位を比べたがる。

 

「いい大学に入りたかったら、いい高校で点数を取る。そのためには、中学で点数を取る。そのためには…」

こんな考え方が当たり前のようになってしまっている。

 

しかし、そもそも人間の学びとは比べるべきモノなのだろうか。

僕は比べてはいけないもの、比べることはできないものだと考える。

なぜなら、学ぶべきことは人それぞれ違うからだ。

 

よく中学生が「何のために勉強してるか分からない」って言うけど、そんなの分からなくて当たり前だ。その勉強に意味なんてないからだ。強いて言うなら、与えられたことを無難にこなすスキルを身に着ける、くらいの陳腐なものだ。

 

『いい大学』ってなんだろう?

日本で一番いい大学ってどこでしょう?って質問に、あなたはどう答えるだろう。

 

「「「そんなの東京大学だろ!!」」」

 

って当たり前のように答えたあなた、そう思うのは何故か説明してほしい。

 

「点数、偏差値が一番高い」という答えは、僕にとって最低の答えだ。あなたにとってもっと良い大学は他にあると思う。何かの間違いで東京大学に入れたとしても、研究で成果をあげるのは難しいだろう。

 

「僕は~~に興味があって研究がしたい。東京大学の~~先生が~~の研究をしているから、先生から学びたい」って答えは最高だ。絶対に東京大学に行けるし、研究に関しても大成功すると思う。

 

何が言いたいかっていうと、結局は大学で何がしたいのかが重要なのであって、どこの大学かは重要じゃないってことだ。東京大学だって、人によっては一番かもしれないけど、人によってはゴミのような存在かもしれない。だから、僕のアンサーは「良い大学なんて人それぞれ違うし、一概に言えない。でも自分にとって一番いいのは…」って感じが理想である。 

 

逆に言えば、自分の将来に大学の学びが不要なら、大学に無理に行かなくたっていいと思う。大学を中退しても事業家として大成功している人がいるのは事実。特に目標も無くダラダラと大学に通うくらいなら、すぱっと辞めて自分の目標のために時間を費やす方が有意義だ。

 

子どもの将来に不安を持つ親たちの心の拠り所:学校教育

ここまで今の教育を批判的な目で見てきたが、これを改善するためには乗り越えなければならない問題がある。 

それは、子どもが経験乏しい中で人生においてやりたいこと、目標を明確にできないことだ。

 

生まれて18年前後という短い期間で経験できることというのはたかがしれている。その乏しい経験の中で、 自分の将来像を固めるのは難しい。テストの点数主義を掲げる人たちは皆こう言う。

「将来が分からないんだから勉強を頑張って点数を取ることで、良い大学に行って選択肢を広げなさい」

 

・・・別に勉強頑張ったって、将来安泰が確約されるわけではないんだけど。

 

結局は、子どもの将来に対して、親が不安なのではないかと思う。

だから、とりあえず学校教育に従っていれば最悪の間違いはないと判断する。

テストの点数は、そんな子どもの将来に対して不安な親の心の拠り所なのではないかと思う。

 

そして、テストの点数による評価を受け入れることを強いられて育った子どもたちはまた、点数主義の親になるのは言うまでもない。

そんなループから抜け出せないし、抜け出そうともしないのが、教育の現状だ。

 

僕の宗教論:心の拠り所=宗教とすれば、マルチもアイドルも学校教育も宗教だ

よく、マルチを『宗教じみてる』と言う人がいる。今振り返ると、僕もまさにその通りだと思う。

 

マルチに参加する人の多くは、お金に困っている人だ。

お金が稼げる!という根拠の薄いお話も、藁にもすがる想いで信じて、入会する。

 

一方で、マジもんの宗教、例えば仏教などは、人生に困っている人の助けになる。

人間にとっての究極の恐怖、『死』の恐怖で困っている人は

 

「念仏唱えれば極楽浄土に行ける」と信じることで、どうしようもない死の恐怖を和らげてくれたりもする。(と僕は勝手に解釈していたのだが、もし違う見方があったら教えて欲しい)

 

何かに困っている人の心の拠り所となるという点では、マルチも宗教も同じなのかもしれないと僕は思う。

 

同様の意味で、アイドルと学校教育も宗教じみてると言える。

アイドルは人付き合いや性欲に困っている人。

学校教育は将来に対して不安をもつ人。

その人の心の拠り所になる。ような気がする。

 

僕が気を付けていること:宗教にハマっている人は悪人!と思ってはいけない

宗教にハマっている人は、それを心の拠り所として生きている。

そして、ほとんどの人は知らずのうちに宗教的な何かに心を支えられている。

 

自分が理解できないものに対して、人は恐怖心を抱きがちである。

それゆえに、自分の信じない宗教を知ったとき、怖いと思うことが多い。

しかし、自分が理解できない宗教を拠り所にする人に出会ったからといって「あの人は阿呆だ。」「怖い。」などと批判的な意見を言うことはできない。そんな悪評を広める責任を、僕はとれない。

 

もし勧誘されたときに「私には必要ない」と判断するくらいで良いのではないかと思う。欲を言えば皆さんにも【みんな違って、みんな良い】って思って欲しい。

 

それが世界平和への第一歩。(スケールがでかい)

 

まとめ:何にハマってもいいじゃないか、人を無責任に巻き込まなければ。

最後に、今回のお題「私の沼」に戻る。

自分がハマっていることに対して「沼」と表現するということは、何かしら後ろめたい気持ちがあるということではなかろうか。

 

例えば、何があるだろうか…パッと思いついたのは『ギャンブル』か。

パチンコや競馬はとにかくお金が吸い込まれる。

時には使ってはいけないお金にまで手を出してしまうことがある。

周りからは「やめろ!!」と言われる。

でも、勝ったときの快感といったらこの上ない。

だからこそ、後ろめたい。やめなければならない。でもお金はほしい…泥沼である。

 

しかし、僕は「やればいいじゃん、それが本当に楽しいのなら」と思う。

周りがどう思おうが関係ない。自分がやりたければやればいい。やめる必要などない。「沼」などと蔑んで表現する必要は無い。

 

でも、もちろん気を付けてほしいことがある。それは他人を巻き込まないことだ。

借金やら、勧誘やら。無責任にしてはいけない。

周りがどう思おうが関係ないのは、自分の中で完結している場合だけに許される理論だ。

 

その上で、他人に迷惑をかけていて、本当にやめなければいけない「沼」と表現するしかないような状況なら、沼から抜けるための方法を1つ。

 

自分がなぜそれにハマっているのか分析することである。

 

具体的に

  • どんなときに楽しいと思うのか
  • どんなときにやりたいと思ってしまうのか

これを分析しよう。

 

お金が欲しくてギャンブルをしているなら、ギャンブルをしてもお金は溜まらない事実に目を向けるべきだ。

ゲーム性や演出が楽しくてギャンブルをしているなら、PS4にだって面白いゲームはたくさんある。

 

少し視点を変えれば、自分の求めている要素を、別の何かで置換できるかもしれない。少しでも状況が良くなれば、「沼」で周りを気にしてもがくよりも、純粋に楽しめるかもしれない。

 

楽しく有意義な人生を送るために、今一度考えてみていただきたい。

長文失礼しました。最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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